自己承認を「幹」とする

今週はダブルヘッダーで4日間、

傾聴講座を開催中です。

自分で伝えながらやはり思うのは、

自分に無理・ガマンを強いる人は、

他人に対しても同様に無理・ガマンを求めてしまうな

と、ということです。

これをお読みのみなさんは

頑張る、我慢、苦痛を減らす方法ばかり考えて

自分を褒めたり認めることが

おろそかになっていないではないでしょうか?

せっかく頑張れたときがあっても、

「まだまだ足り」

「もっと向上しなきゃ」

「改善を積みかな寝なければ」

と、いって

自分の努力を正当に認められずにいないでしょうか?

人から認めてもらえたときだけ、

自分にOKをだせる他人任せな

自己承認になっていないでしょうか?

・・・

頑張ってもガマンしてもいいのでしょうが、

そのあとにしっかり自己承認をすることは

自分で心のエネルギーを上げていくために不可欠です。

「頑張った」という事実そのものは、

その人に何もいいものをもたらしてはくれません。

その事実に対して、

うれしい!とか楽しい!とか

満たされる感情が伴わなければ、

つぎにつながる意欲にはならないのです。

頑張ることがいいことなのではなくて、

頑張ったことに対してよい感情が生まれることが大切です。

そして人によっては頑張った対価を

外の人からもらおうとしますが、

なぜ自分が褒めてあげないのでしょうか?

「あなたにとって一番大切な人は誰ですか?」

そう訊かれて真っ先に家族を含めて

他人の名前がでてくる人は危険です。

なぜなら自分を大切にできない人、

大切にされたという感覚がない人が、

本当の意味で他人を大切にすることなど

できるはずがないのですから。

他の人を大切にしたい人ほど、

まず自分を大切にしましょう。

大切にされたという感覚を外の人からしかもらった経験がない人は、

いい反応を欲するあまり他人の顔色を伺うようになったりします。

いっけん他人に親切にしているようで、

実は他人に迎合し自分をないがしろに

しているだけだったりします。

他人を大切にしているようで、

自分を褒めて欲しいだけだったりします。

ならばそれは結局、

他人を大切にしているのではなくて、

自分を大切にして欲しいだけではないでしょうか?

そして、

我慢することに慣れている人は、

表には出さなくても心のどこかで

自分の思い通りにならない他人に対して

我慢しないことに不満を持ったりしています。

その不満すら隠してみないふりをしようとしたりします。

でもそれは相手にも伝わってしまうのです。

悪いい方をすれば、

ようするに初めから他人のためなど

ないのではないのかもしれません。

自分の満たされないものを知り、

自分で満たすそれが人間だと

思えばいいのかもしれません。

卑しく見えても、成長がなくても、向上がなく見えても、

それが人の本性なのかもしれません。

話を戻します。

木で例えるなら承認の価値は

自分自身による承認を「幹」とみて、

他人からの承認の価値は「枝葉」程度にとらえましょう。

自分を支えられる人だけが、

本当の意味で他人を支えられる人なのですから。

<おしらせ>
自分を見つめ、人を見つめる。
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