うちの会社の会長は東大出身で
就職後、独立して30代で
大学の経済学部の教鞭もとっていたつわものです。
毎週書いているA4両面に小さな文字が
ぎっちり埋まった経済のレポートは
20年間で1040号を数えています。
いっぽう私は、
3年間温めて(先延ばしして?)
ようやく昨年毎日書き始めたBLOGが
やっと400号ですから、
「20年間、毎週書き続けるってどうよ?」
と驚くばかりです。
そんな私ですから、
いまの会社に入社して数年間は
とても心が痛かったです。
学歴といい、能力といい、
同じ人間とは思えない差を感じ、
正直内心、心のどこかでいつも
「神様って不公平だよね」
と感じずにはいられませんでした。
はじめのうちは、
身近にいる大きすぎる存在を
目の当たりにしながら
「どうすれば、自分も大きい存在になれるんだろうか?」
考えていたのですが、
結局、会長のそばにいると
いればいるほど新たなすごさを発見するばかりで
大きな存在に近づくどころか、
より一層自分の小ささを
見せつけられるだけでした。
・・・
夏にはい出る昆虫たちは、
コンビニの街灯の光に
引き寄せられて集まってきますが、
心根が暗い私は、
明るすぎる光に近づくと、
自分の黒い影がより一層
くっきり映し出されてしまうので、
光が強すぎる会長のそばにいることが
苦痛にすら感じていました。
最終的にわかったのは、
私に見えている会長の大きさというのは、
まだまだ全体のほんの一部でしかなく、
全体像は想像をはるかに超えて
計り知れない大きさだと
気づいてしまったのです。
気づいた瞬間、愕然としました。
・・・
基本的に人をまねするのが好きなので、
会長の大きさを目標値にして、
そこに近づきたかったわけですが・・・。
大きさが宇宙のように無限大となってしまうと、
どこを目標にしていいのやらかわからず、
頭の中でエラーが起こり、
対処不能になってしまいました。
「フリーズ(頭の中が真っ白)」
というやつです。
でもそこまで来たおかげでようやく
人と自分を比べて追いつこうとするのを
「あきらめた」
のでした。
「あきらめた」のが何年前だったのか
よく覚えていませんが、
たぶん8、9年前のことで
「あきらめた」日の情景だけは
今もよく覚えています。
その日は家の書斎の椅子に座っていて、
何かの拍子にまたいつものように、
追いつけないダメな自分を見つめていたのでした。
そして、
宇宙のように広大だと悟った瞬間、
「追いつけないんだなぁ・・・」
と、ボソッと本当に声に出して
ため息をついたのを覚えています。
追いつくことを目標とするのを
やめてつぎに思ったのは
「ちっぽけな自分でも、家族もいるし、生きていかないといけないんだから、他人と比べなくていい、自分が生きる道を作らなきゃ」
ということでした。
そして、見つけた・・・というか
作り上げてきた居場所が
社員も社長もまったくく関心がなかった、
自分だけの居場所。
カウンセリングや傾聴という道でした。
なので私は自分に必要があって
「いたしかたなく傾聴をはじめたカウンセラー」
なのでした。
でも、そのおかげで今があるのであります。
・・・
「あきらめる」という言葉は
誤解されているのではないでしょうか。
「あきらめる=何もしなくなる」
ような印象はないですか?
私は体験上、
あきらめるのはむしろいいことだと思うのです。
だってできないことを
できないと認めることですから。
あきらめることを「受け入れた」と
きれいな言葉で表現する人もいますが、
私は小さすぎる自分を「受け入れよう」
と思ったことは一度もなくて、
「致し方なくあきらめたら、受け入れざるを得なかった」
だけであります。
きれいなものではなくてとても
ドロドロした感じであります(苦笑)。
そして、
ドロドロでもあきらめたからこそ、
次の行動を起こすことができたわけです。
・・・
いかがでしょうか?
あなたの周りに、
あきらめられずに引きづっている
こんな人はいませんか?
・過去は変えられないと知りつつ、過去にこだわる人。
・他人は変えられないと知りつつ、他人を思い通りに変えようとする人。
・自分はダメな人間だと言うだけで、何もつぎの行動を起こさない人。
厳しい方に聞こえる人もいるかもしれませんが、
こういう人は多分、
あきらめが足りないんだと思います。
「まだどうにかなる」
と心のどこかで思っているから、
そこから動きたくないのではないでしょうか。
もっと本気であきらめれば、
別の場所に動きたくて
しかたなくなるじゃないでしょうか。
まあ・・・でも、
とことんしがみつこうとしたからそこ、
最後はあっさりと手放せた
というのもありますけれどもね・・・。
【この言葉を自分に言ってみよう!】
「変えられるものは変えて、変えられないものは『あきらめ』よう!」
<お知らせ>
「相手を笑顔にさせよう」としすぎるのは
いいことのよう見えて
他人をコントロールしようとする行為だったりします。
無理やり笑顔にさせるための支援ではなく、
笑顔になれない孤独な人のそばにもいる。
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