耳を澄ましてわかること

職場の最寄り駅につき、

ホームの階段を下りていたら、

反対側から急いで歩いてくる女性がいた。

その女性はまさに今私が下りたその電車に

乗りたいといった様子で急いでいた。

発車のベルはすでになり終わっている。

残念ながら、

ホームに降りた私はすでに階段を

降りはじめているくらいなのだから

とうてい間に合うタイミングではなかった。

「あと2秒はやければ間にあっただろうに。」

心の中ですでにすれ違って姿が見えなくなっている

その女性の足音に耳を澄ませながら、

「残念でした」

とつぶやいた。

聞こえていた、

発車ベルの音。

女性の足音。

よく耳をすませているとわかることがある。

(この女性は間に合わないということが)

よく聞くということはとても大切だと思った。

ところが、

・・・

現実はどうなったかというと、

その女性は電車に

「間に合った」

確かに一度電車の扉は閉まった。

でも、

理由はわからないが、

「何か」があり

電車はすぐに発車せず、

再度、扉が開いたのでした。

(その音が聞こえてきた)

その予期しない出来事が、

私の分析結果とは違う結果をもたらしたのでした。

仮にその女性が駆け込み乗車をしようとしたのなら

それはほめられたことではないことでしょう。

でもここで問題にしたいのはそこではなくて、

「耳を澄まして聞いたから、わかったつもりになっていた私がいた」

そちらのほうが問題なのです。

状況を推察して分析的に理解しても、

本当の事実はわからない。

ましてや、

電車に乗れたか乗れなかったかくらいの出来事なら、

結果を見ればすぐわかるが、

もし相手の「気持ち」などという

目に見えないものを「わかろう」とするなら

よほど注意深く進めないと見誤るのは当然。

「きっとこうだろう」

と、

過去の経験ともっている知識から分析してみても

相手の気持ちは妄想、空想しかわからない。

都度理解できていると思い込んでいるはずの

自分を疑い、立ち止まりながら、

相手につど確認をしてはじめて

すこしだけ理解することができる(かどうか)。

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今年は昨年にも増してたくさんの方にお会いできてうれしかったです。
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