うさん臭い笑顔から卒業する

12年傾聴を意識していると、

人を観ることが趣味のようになる。

すると「うさん臭い笑顔」くらいは、

見た瞬間に、完ぺきにわかるようになった。

「うさん臭い笑顔」とは何か?

相手に何かいいものを与えるフリをして、

実は、

「欲しがってるときの笑顔」

のこと。

人のためと言いながら、

内面では、自分のためにやっているだけの人は

うさん臭く笑う。

同じことでも、「自分のため」といって

出来る人の笑顔は自然。

欲しいものがあるのに、

それを隠そうとして笑うから、

うさん臭くなる。

・・・

なぜ欲しがっている事実を隠そうとするのか?

それは、

相手に悟られないためであると同時に、

「私は、与えたいだけのきれいな心を持った人間であり、欲しがってなどいない」。

自分の中に、欲しがるような

よこしまな感情があることを

認めたくないから隠そうとする。

でも、本心は欲しがっている。

もし、

「あなたは自分のために欲しがっているのでしょう」

と指摘されて、腹が立つ人がいたとしたら

その人は、自分のために生きることに

罪悪感を持っている。

「自分を大切にしてはいけない」

という思い込みの準拠枠(フィルター)がある。

でも、世界中にいある70億人の人は全員、

ひとり残らず、自分のために生きているだけなのに。

・・・

人のために何かをするのも、

そこに喜びがあるなら、喜びたい自分のため。

そこに喜びがないなら、

自分を犠牲にすることにして

愛の欠乏を相手に補ってもらおうとしているのだから、

それも自分のため。

「人のため」が存在しないと言っているのではない。

人のためにすることで「得る何か」があるのだから、

結局、自分のためが最終目的でしょうと言っているだけ。

「自分のためにならない、人のためはない」

なぜそこまで、

自分ためを否定する必要があるのか。

喜びたい自分の感情を

よこしまな心だと思うから隠したくなる。

でも隠されそうになったそのよこしまな欲求は、

押さえつけられた心のフタの中で、悲鳴をあげる。

心の悲鳴は「あげたい」と誰かに言いながら、

笑顔を浮かべる人の、

うさん臭さとしてもれ出てくる。

意識ではうまく隠したつもりでも、

無意識を隠しきることはできない。

「あげたいんじゃなくて、あげたあとに欲しいものがあるんでしょ」

欲しがることを責めいるのではない。

「欲しがることがいけない」

と、本心を覆い隠す自己否定を

やめてみてはという提案。

隠したつもりでも、どうせうさん臭さはバレるのだから。

でも世の中、私のように敏感な人ばかりではない。

もしかしたら、相手はあなたのウソに

気がつかないかもしれない。

でも、それはそれでよくない。

相手にウソはばれなくても、

自分にウソをついていることは、

自分の意識か無意識が気がついてしまう。

人はうまくだませても、

自分をうまくだますことはできない。

自分をうまくだませないと苦しいから、

またとりつくろうために、他人にウソをつき、

うさん臭い笑顔が強化される。

自分にたくさんのウソをつきながら、

他人にもたくさんのウソをつくのに慣れていく。

そのうちに、自分が嘘をついているのか

どうかすらわからなくなる。

それでも、うさん臭い笑顔だけは漏れ続ける。

いいことがない。

・・・

自分にたくさんのろウソをつき続けていると、

誰かにしてあげたふりをして、

黙って何かをもらって帰ろうとする

姿勢がやめられなくなる。

まさしく、

「嘘つきは泥棒の始まり」、

いや・・・、

「自分への嘘つきは泥棒そのもの」。

例えば、つらい状況の人がいたとする。

その場から逃げる選択もあれば、

そこに残るという選択もできる。

そのときに意識は、

「辞めたら、周りの人に迷惑がかかるかも」

と他人への配慮をして

考えている「気分になる」。

意識では周りのことを確かに気にしている。

でも、それも他人のためではない。

「他人のためと思ったほうが、自分が納得しやすいか」

他人という存在を、自分が納得するための

材料として使っているだけ。

「他人のことを考えるのが、自分のため」

ということ。

そして結果として残るのも自分のため。

やめるも自分のため。

どちらを選んでも、自分のためしかない。

もしその時に

「あなたのために残る(やめる)と決めたんだ」

などと言おうものなら、

それは他人の尊厳を泥棒している。

世の中、自分の為だけで出来ている。

それでいいではないか。

【この言葉を自分に言ってみよう!】

「ぜんぶ自分のためでいいでしょう」。

うさん臭い絵がを消す方法は簡単。

全部自分のためにしていることと認めるだけでいい。

「他人のためは、美しい」

「自分のためは、汚い」

その思い込みのフィルターをはずそう。

「私は自分のためだけに生きている」。

そう認めれば、

うさん臭い笑顔は、自然な笑顔に変わる。

自己否定しながら、

他者肯定などできるはずはない。

<お知らせ>

傾聴は言葉を聴くだけではありません。

その言葉をその態度で発したくなる

心のわけを聴くことで、

その人の本心を理解し受け止めることです。

言葉のオウム返し(くり返し)しただけで

傾聴になると思ったら大間違いです。

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