いつもありがとうございます。
人のパソコンを借りた時「じゅよう」と入力したら
「需要」が一番最初の候補に表示されて驚きました。
いつも「受容」ばかり入力している、岩松正史です。
「受容、共感、一致」
シカゴ大学時代、1951年ロジャーズが
発表した3冊目の著書、
「クライエント中心療法(来談者中心療法)」
の中核条件。
それまでの「非指示」という「やり方」から、
「やり方+あり方」
を強調したことで、
世にロジャーズを知らしめた
大きな実績の一つでしょう。
カウンセリングを学んだ人のみならず
看護、介護の勉強をした人であれば
テキストでこの3つの単語は
目にしたという人は多いはず。
普段
一致の話が大好きな私ですが
今日は受容と共感についてお話します。
・・・
「受容しましょう」
「共感を示しましょう」
むかし傾聴を習っていた時、
どこかの講座でいわれた言葉です。
私もそのまま、うのみにしていました。
ところが、その後ロジャージュに触れていると、
どうやらロジャーズは「受容しよう」
「共感しよう」とは言っていないことがわかってきた。
ロジャーズは受容や共感を
「~する」という「行動」としては表現をしておらず
むしろ、クライエントに対して
「受容できている状態であること」
「共感を感じいられている状態であること」
が建設的なカウンセリングの中には存在するという、
「状態」として主張しているように見える。
もちろん
受容や共感ができている状態になるためには、
受容しようとする行為、
共感しようとする行為は必要になる。
そして、
まさにロジャーズが言いたかったのは
そこではないかと思う。
受容や共感という出来上がったものを
提供するということではなく、
傾聴をするにあたって大切なのは
「~しようとする」
という風に、
不断に試みること自体の大切さを
強調したかったのではないだろうか。
・「~する」=すでに提供できるものを持っている
・「~しようとする」=提供物は持っていないので、関係性の中で作り上げていく
ロジャーズは一致も含めて、
「それらを実現することは難しい」
ということもしばしば言っている。
そして
難しいからこそ「~しようとし続ける」
姿勢を強調する必要があったと推察している。
そのことは、
のちのロジャーズの言動の変化にも表れている。
前述のとおり、当初ロジャーズは
受容や共感についてそれが存在する
「状態」として表現されることが多かった。
しかし、共感については1970年代になって
その立場を修正した。
共同研究者だったジェンドリン(フォーカシング)の
体験過程から影響を受けたらしく、
「共感を状態とはもう言わない。それは、プロセスである」
と立場を変更している。
プロセス、まさに「~しようとし続ける」と解釈することができる。
だからこそ共感は
「共感的理解」と表現されることが多いし、
私も共感が「行動」と誤解されやすい現状を思うと、
「共感的理解」
という表現のほうがしっくりくる。
・・・
また、受容について少し触れると。
日本人にとって「受容」という単語は実にわかりやすい。
でも、ロジャーズは受容という言葉すら使っていない。
unconditional positive regard
といっており、日本では
「無条件の肯定的配慮」
とよく訳される。
どちらかというと、受容よりこちらが正解。
でも、無条件の肯定的配慮も
直訳としては全く間違いではないけれど、
ロジャーズが言わんとしていることが何か
という視点で考えると、
「肯定」と「配慮」という部分に
強い違和感を感じる。
紙面の都合上、その件については
また別の機会に書きたいと思いますが、
私は、ある本に書いてあった
「無条件の積極的関心」
という表現のほうがぴったりと
傾聴の本質を表しているように感じる。
【この言葉を自分に言ってみよう!】
「受容と共感は行為ではなく、プロセス」
私の中に受容や共感というスキルがあるのではない。
受容できるかどうか?
共感できるかどうか?
迷いながら、話し手と一緒に進み、
ともに理解しあっていこうとする
ことしかできないのです。
<お知らせ>
講座のプログラムには、
ロジャーズについての詳細な
学習は入っていません。
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