「人のため」のつもりが投射になっていないか

わかりにくいかもしれないので投射の例をもう1つご紹介しましょう。

私は2006年から8年間地元の引きこもり支援の団体で引きこもり支援していました。

そこに来る相談に来るお母さんたちの多くが「息子を自分らしく生きられるように助けてほしい」とうったえてきます。

当然ですね。

でも実際それは難しいのです。

その時、お母さんに「子供のことはあるけれど、お母さんの人生もあるのだからお母さんも自分らしく生きてほしい」というようなことをお伝えすると決まって次のような答えが返ってきます。

「息子を先に元気にしてあげてください。」

美しき家族愛・・・に見えますが実はこれが投射です。

考えてみてください。

息子は確かに自分らしく生きられていないので困っています。

これは救えるなら救ってあげたいと思います。

では、お母さんは自分らしく生きているでしょうか?

息子のことが気になるから自分らしく生きられていないのです。

つまり、自分らしく生きられていない人が2人いるのです。

このときお母さんが自分らしく生きられていないときに息子に先にそれをやらせようとするは投射です。

また息子が元気になったら私が元気になれるというのであれば、それは息子に人生を預けてしまっているという意味では依存でもあります。

社会的に自己犠牲が美徳とされる風潮には疑問があります。

「人のため」の中には自分の中にある問題の本質を投射している例がたくさんあると思うのです。

※原文からの抜粋なので、書籍とは内容が異なります。

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