たぶんそうだろうと思ったのに、
勘違いで恥ずかしい思いをしたことはありますか?
知人に「代筆」の仕事を
している人が何人かいます。
代筆言うと聞こえは良いですが、
言い換えるとゴーストライターです。
昔、ある芸能人が発売した詩集に
盗作疑惑が持ち上がり、
謝罪会見をしたことがありました。
業界に詳しい人に聞くと詩集は
本人が書いたものではなく、
ゴーストライターが
書いたものだったそうです。
マスコミ関係であれば、
ゴーストライターという職業は
特に珍しくないそうです。
(素人のこちらは驚きますが)
それが事実なら、
自分は名前を貸しただけ。
なのに、
謝らなければいけないなんて
何がいいのかは悪いのか
わからない話であります。
・・・
それはともかく。
私も最近、ゴーストライターについて
思うことがありまして。
それは、このBLOGについて、
「きっと岩松にはゴーストライターがいる」
と思われてるんだろう
ということです。
そう思われても仕方がない
節(フシ)がありますし(汗)。
たとえば・・・、
文章が「~です」「~ます」の
ですます調の時と、
「~だ」と断定形のときが
ごちゃごちゃ。
また、
ブログの改行の仕方が
長かったり、ものすごく短かったり
めちゃくちゃ。
(今日は短め)
こんな感じですから、
何人かのゴーストライターが
交代で書いていると
疑われても仕方がありません。
唯一、同一人物と思われる
部分があるとすれば、
文章が長くても短くても、
断定形でもですます調でも、
「誤字脱字の多さは変わらない」
ことぐらいでしょうか(笑)。
でも、はっきりいます。
ブログは全部自分で書いています!
あえてゴーストライターらしい
要素があるとすれば、
私自身がゴーストように
ふわふわとした気持ちで
書いているので、
(ゴーストの気持ちを聞いたことはありませんが・・・)
私自身がゴーストライター
なのかもしれません(笑)
・・・
目の前にある状況を分析し、
推測するといろいろな
可能性が見えてきます。
カウンセリングを
していても同じです。
話を聞きながら可能性を
「見立てる」
ことはあります。
見立てるときに大事なのは、
「間違っている前提を一番強く持っておく」
ことです。
推測して自分の中で
つじつまが合ってしまうと、
つい嬉しくなって決めつけた
視点で見てしまいがちです。
いったんそうだと思うと、
そうとしか見えなくなってしまうのです。
これが危険です。
すれ違いや勘違いというのは
だいたい推測からの
決めつけから始まります。
「きっと」
「たぶん」
「かもしれない」
「もしかして」
「だとしたら」
から始まります。
「かもしれない」は「かもしれない」、
「たぶん」は「たぶん」で
ちゃんと止めておきましょう。
推測が当たることもあります。
でも、推測が当たったとしても
それは「当たった」のであって
相手のことが「わかった」
のではありません。
当ててうれしいのは自分だけ。
人間関係を「当てっこ」せず、
「わかりっこ」にするのが、
いいと思っています。
推測は自然に
湧き上がってきてしまうもの。
推測するなとは言いませんが
推測するなら、訂正できる余地を
十分に持っておきましょう。
それがちゃんと相手を
理解するための秘策です。
・・・
さて、これで
私にはゴーストライターがいないと
みなさんに信じてもらえたでしょう。
では、そろそろ執筆を外注して
ゴーストライターに
書いてもらうことにしましょうか。
これだけ毎日バラバラに
書いてきたのですから、
もう誰も疑わないでしょう!?(笑)
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