会社を休んで「うつが治る人」と「治らない人」の違い

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いつもありがとうございます。

おせちを食べなかった、岩松正史です。

「うつ病は、休んで治す」

そう思っている方は多いでしょう。

実際、一定期間休むことで
回復が進む人も多くいます。

一方、休んでもなかなか
楽にならない人もいます。

この違いは、悩み方のタイプの違いが
影響しているのかもしれません。

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◆回復しやすいタイプ:会社ストレス要因型

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このタイプの人は、

・業務負担が過大
・人間関係の疲労
・評価プレッシャー
・ミスへの過度な恐怖

など、「会社」という環境そのものが
主な原因になっているケースです。

この場合、

会社から距離を取り、休養することで
回復の動きが自然に起きやすくなります。

これを傾聴に出てくるフェルトセンスという
視点から説明してみると、

「休む」という体験そのものが、
心に対する新鮮な刺激となり、

その刺激という体験が
フェルトセンスとの自己対話が
生まれる回復の「手がかり」になります。

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◆回復が難しいタイプ:人生意味喪失型

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一方、会社を休んだのに、
心が軽くならない方がいます。

このタイプは、

・仕事だけでなく人生そのものが苦しい
・「自分は何のために生きているのか」分からない
・心の底に深い虚しさがある
・価値観や自己肯定感の土台が崩れている

こうした 「存在レベル」の問題を
抱えもっている人は、
会社を離れて静かな時間を手に入れても、

そこに広がるのは、安心ではなく
むしろ、「空虚さ」「無意味感」
になってしまうことがあります。

つまり、回復に向かうフェルトセンスとの
やりとりが起きないのです。

なので、

人生意味喪失型の人は
ただ休むだけでなく

「意味がないと思う物に、触れていく」

ことが、一つのカギになることがあります。

・外に散歩に行ってみる
・知らない街を散策してみる
・映画を見に行ってみる
・旅行に行って見る

この時のポイントは2つあります。

◆ポイント1
「やってみたらいいだろうなと自分が思うことやる」

うつの人にむかって
「好きなことやればいい」などと
アドバイスをしても意味がありません。

好きなことをやることに
意味がないと感じているのが
悩みの原因なのですから。

そうではなくて、

本人が

「やればいいだろうと思っているけれど
 やらずにいること」

をやるといいでしょう。

たとえば、本人が

・本が読まずにたまっているな
・部屋が散らかってきたな
・いつか車を洗った方がいいな
・両親に電話していないか

本人がなんとなく気になっていることは
もともと、あなたのフェルトセンス(命)が
漠然と意味を感じているのです。

なので、

「気になっているけれど、やっていないこと」

を体験することは、
自分の内側の感覚(フェルトセンス)が
やり取りを始めることにつながります。

前向きなやりとりとは、
それをやればすぐ回復するという
意味ではありません。

やってみることで、全然
しっくりこないこともあります。
(むしろ大半です)

でも、

これは意味が『なかった』
と、わかることは、

裏を返せば、
それ以外の「何か」を必要としている
自分がいることが明確化されます。

つまり、

自分は、生きようとしているんだと
いのちが感じます。

このように
「気になっていることに触れている」
ことで、ポジティブかネガティブか関係なし
心は前進し始めるのです。

ゆっくり休んでいるだけでは、
元気が回復してこない人は、

簡単に触れられる、
気になっていることに触れて
その時の、自分は何を感じるか
感じてみてください。

<編集後記>

5年前までは、通販でおせちを頼んで
家族で食べたりしていました。

または、

うち実家と妻の実家は近いので、
帰省すると、両方の実家で必ず
おせち料理が出てきました。

でも、

両方でだされても食べれるわけもなく、
だんだんどちらか断るようになりました。

最初はつまらなさそうにしていた両親たちも
年をとりおせちを準備するのが
大変になってくれたことで、

どちらの実家も今年は
おせちが0でした。

気が楽でいいです。

年越しそばも、わが家は
去年からどん兵衛のカップめんに
変わりました。

そして、ついに今年は
そのカップ麺さえも、
子どもたちも食べず残っています。

年賀状、年越しそば、おせち料理。

なんとなく、習慣で続けていたことが、
本当にいまの自分の生活にあって欲しいのか?

自分の心に照らしあわせてみると、
意外と惰性で続けていることが
多いことに気づきますね。

今日もいい1日をお過ごしください。

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