写真があった方がいいね!をもらいやすいのは確か。
また記事の内容は飲み会や物など個人的な出来事の報告などしないで、読む人にとって有益な情報を載せるといいとももわれます。
「画像」と「情報」が基本。
でも実際にやってみると写真は確かに反応はいいけれど、それはおまけでありスパイスだということに気がつきました。
つまり本筋の根っこではなく写真は枝葉。
「情報」は確かに大事だけれど、もう少し広く「文章」とした方がいいように思う。
単に有益な情報というだけでなく強い思いをもって書いた記事は、写真がなくても賛同を得やすいと感じます。
さらに、
その記事にさらに見てもらいたい先のリンクを入れておくと、思いが強い記事はリンクのクリックも増えます。
ところが、
記事に写真を貼ると確かにそれだけでいいね!はすごく増えるけれど、肝心の文章に書かれたリンクはあまりクリックされないことが多い。
きっと写真の画像のイメージから伝わる雰囲気だけで本文には目を通さずいいね!しているのでしょう。
あるいは写真自体をクリックしてしまい目的のリンクをクリックしてもらえていないのかも知れない。
またはその両方か。
また文書における「役立つ情報」という定義はあいまいです。
「知的欲求を満たす情報」と「感情の欲求を満たす情報」と分けてみてはどうでしょうか。
「知的欲求を満たす情報」とは、いわゆる生活が便利になるお役立ち情報で、「感情の欲求を満たす情報」は「共感」を呼ぶび心に栄養を与えてくれるものと。
前者は事柄、後者は気持ちに訴えかける文章。
何か一つの小さなテーマでも筆者の思い、感覚、思考、価値観、同感、共感を得られると必ず字も写真がなくてもいい文章と思ってら得るようです。。
「感じる」文章。
人が行動を起こすステップは以下のようになっています。
「考える」⇒「行動する」
でも実はそこには必ず「感じる」が介在いてます。
「考える」⇒「感じる」⇒「行動する」
あるいは
「感じる」⇒「考える」⇒「行動する」
もしくはその両方。
「感じる」⇒「考える」⇒「感じる」⇒「行動する」
どんな時でも結局は「理屈より感情が優位」と知っておくと、文章も書きやすいし、人間関係も作りやすいでしょう。
追伸:
上の文章内で「同感」「共感」という似た2つの言葉をわざわざわけて書いているのはなぜだかわかるでしょうか?
「同感」と「共感」は国語辞書で調べるとまったく同じ意味とでてくることもありますが、心理学的にはまったく別のことです。
傾聴講座ではごっちゃに理解されがちな同感と共感の違いを明確に理解できます。
言葉にはその言葉を発した人の思いが必ずのっています。
ふと読み流してしまいそうな単語にも読み流さず、聞き流さずに立ち止まって眺めると、相手の世界が浮き上がって見えてくるのが感じられるでしょう。
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