「インフルエンザじゃなかったんですか」に含まれた意味とは?

きのう2日ぶりに保育園に登園しました。

(わたしじゃなくて4歳の息子ですよ!)

園に着くと教室にたどりつくまでに、

いろいろな先生とすれ違うのですが、

きのうは3人の先生とすれ違いまして。

その全員から話しかけられて、

「Tちゃん(息子)インフルエンザじゃなかったんですか!?よかったですね!」

という会話をしました。

みんなから心配してもらえている・・・というのは

ありがたい気もしますが、

そのときは逆に違和感を感じまして。

・・・

先生方はみんなうちの子が

インフルエンザかどうかがきになっているわけです。

でも、

「インフルエンザかどうかが気になる」

と一言で言っても

その意味合いは様々ありそうではないでしょうか。

◆意味合い1
うちの子が大病でなく、早く健康になって欲しいという健康を純粋に願う気持ち。
→インフルエンザではないとわかり心から安心。

◆意味合い2
もしかしたら親が仕事に行きたいあまり、インフルエンザを隠して(あるいは療養期間を短縮して)登園させてはいないだろうか?とすこし疑う気持ち。
→「インフルエンザではない」と言われても、その時の反応を見てちゃんと分析しないと他の園児に感染してしまうという運営上の不安。

こんな2意味が込められている気がして、

ちょっと違和感を感じたんですね、きっと。

どういう思いをもってその言葉を発しているかは、

話している本人には自覚できません。

ですから私が聞き直してもきっとみんさん

①ですと返事をするはずです。

でも、人には言葉にできない

漠然とした気持ちというのもあります。

また、一言に込められている意味が

一つであるとも限りません。

今回先生たちから聞き取れた気持ちは2つですが、

もっと会話したらもっと違う意味も分かってくるでしょう。

もしかしたらその中には、

こちら側のただの思い込みや勘違いも

含まれているかもしれません。

ですから、

ちゃんとは聴きとていないかもしれない

と思う謙虚さも大切ですね。

どちらにしても、

人乙の言葉に込められている思いは、

複数あると思って聴く方がいいでしょう。

そして、

聴こえて気持ちが複数あったときは、

その気持ちを無理やり一つに集約し

短銃んかして理解しようとせずに、

1つの気持ちなら一つ。

2つなら二つ。

3つなら三つ。

すべてをのまま、受け取ってこそ、

はじめて相手をちゃんと「わかった」

といえるのではないでしょうか。

そして聴きとるときには、

自分の中にいまある感性だけを頼りに聞くと

得手不得手(心に響かないものは聞けない)が出ますし、

決めつけ、推測、分析になると、

ひとりよがりの狭い理解になってしまいます。

注意深く聴きとる耳が必要ですね。

どちらにしても言葉の端々に見え隠れする

細かいことが気になってしまうのは、職業病のようです(笑)

息子を連れて行った病院の先生によると、

わが街ではで先週からインフルエンザが爆発的に増えてきたそうです。

こういう時節ですから、

先生たちが心配するのも当然ですね。

二日も普通に通えば先生たちの

不安もなくなることでしょう。

インフルエンザ気をつけなければいけませんね。

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