先日ラジオを訊いていたら、ある科学者の先生が
「有性生殖(オスメスの交配)の意味」
というテーマで話されていました。
それを聞いて、なるほど・・・、と思ったことがありまして。
そもそも12億年前までは、オスメスという区別は生き物にはなかったのだそうです。
アメーバをイメージすると分かりやすいかもしれませんが、
種を残すためには、子どもを産むのではなく、
自分自身が「分裂」して、命を増やしていくというのが当たり前だったそうです。
ところが、12億年前に、オスとメスに分かれて種を残していく
有性生殖をする生物が誕生したのだとか。
その原理はよくわかりませんが、なぜ「有性生殖」には「分裂」とは違う、
子孫をつなぐための大きな利点があり、そのれを聞いて、感動した次第です。
例えば、岩松というアメーバが「分裂」すると、岩松Aと岩松Bになります。
両方が持つ遺伝子はまったく同じで、持っている特徴も同じになります。
もし元々の岩松アメーバは熱に弱くて、40度の熱で死んでしまう
生き物だったとしましょう。
すると、岩松Aと岩松Bに分裂しても、やはり両者とも40度を越えると死んでしまうのです。
ところが、有性生殖をして、オスとメス、遺伝子が違う2つの遺伝子をかけ合わせていくと
交配相手により違う特徴を持った子孫が生まれます。
また、同じオスメス同士で生まれた子供同士も、違った特徴を持って生まれてきます。
それぞれの子孫の特徴が違うため、40度を越えても生きられる子孫も
その中には生まれてくるので、命を未来につなげるようになります。
その環境に適応できる遺伝子の最新バージョンが私たちというわけです。
その解説を聞いて、すごく感動しまして。
つまり私たちは、
「一人一人が違ってもいい」
のではなくて、
「一人一人、違わないといけない」
同じだったら何かあった瞬間に全滅、生きていけないのです。
会社や組織も同じですよね。
みんな同じ考え方だと楽で、一つの物事を進めるのには便利ですが、
一歩間違うと一蓮托生。
・・・
遺伝子レベルで見ると「違わないといけない」はずの私たちなのに、
大脳が発達した人間は、自分と相手の違いが許せなかったりしますよね。
相手を自分に従わせたがります。
そう考えると理屈で考えたり、感情的になって(どちらも大脳)
自分の意見を認めさせようとすることは、なんと無意味なことなんだろうと。
自分の意見の石付けというのは、「思考が遺伝子に歯向かっている」
そんな行為なのではないかと思ったのでした。
「人は遺伝子には勝てない」。
どんなに頑張っても、人の命は100年そこそこ経てば終わります。
必ず来ることなので毎日、死ぬ前提で生きるといいですね。
死ぬつもりで生きるとは、何かを頑張るとかいうこと以前に、
人と自分は違うからこそ、生きていられるということを認めることではないでしょうか。
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人と人は違うからいい。
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