夜、寝ようと思ったら
5歳の息子が本棚から
一冊の本を持ってきました。
どこでもらってきたのか???
それは「消防車だけ」が紹介されている
10ページほどの冊子でした。
息子「このおもちゃ欲しい!」
私「これおもちゃじゃなくて本物だよ」
息子「なんで?」
私「なんで?っていわれても、本物だから・・・。」
息子「ふーん・・・」
(一台の大型消防車を指さして)
息子「これ大きいの?」
私「そうだね。大きいね。」
息子「なんで?」
私「なんでって言われても、大きいからだよ・・・。」
息子「ふーん・・・」
(ハシゴ車を指さして)
息子「これ(ハシゴ)伸びるの?」
私「伸びるよ。すっごく長ぁ~く伸びるよぉ!」
息子「なんで?」
私「な、なんでといわれても、・・・のびるからだよ(汗)」
息子「ふーん・・・」
・・・
子どもが言う「なんで?」には深い意味はないだろう。
純粋になんでだろう?と思っているか、
他の何かを訊きたいけれど
まだうまく言語表現できないかだろう。
でも、そうと頭でわかっていても
「なんで?」がたくさん続くと
なぜかだんだんイライラしてくる。
(そんな経験はないでしょうか???)
個人的に思うには、
それはきっと
大人になるまでに親からとか、
大人になってからも
会社の上司からとか
何かが誰かの期待通りにできなかったときに
「なんで?なんで?」
と、問い詰められてきた
経験があるからではないかと思う。
人は、何かができないときに、
明確に説明できる理由(なぜ)
などないことがある。
感情的にできないことに「なぜ」はない。
でも他人は「なぜ」ばかり知りたがる。
それは「なぜ」か?
「なぜ」という言葉には、
実は相手を「わかろう」としているようでいて
「私を納得させて」
という、
こちらの欲求を満たすように促す意味がある。
だから
「なぜ、なぜ」と訊かれると
心のどこかで
「私は、あなたを納得させるためにいるのではありません。」
と反発心が芽生えるのではないだろうか。
「相手をわかりたいのか?」
「私を納得させてほしいのか?」
言葉を発した本人は
果たして気が付いているのだろうか?
なぜ?なぜ?と訊かれることは
心地が良くない。
【この言葉を自分に言ってみよう!】
「『なぜ?』は相手の感情を無視している。」
<お知らせ>
「果たして私は何を思ってそういったのか?」
まず自分の本心を知ることから
相手の本心を知ることにつながります。
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