どちらが先か?

先日、疲れを癒しにスーパー銭湯にいったときのこと。

コインロッカーのある脱衣所で、

風呂から出てきて着替えをしていたら、

真後ろに父娘がいました。

女の子はうちの下の子より

ちょっと小さい、4歳くらいでしょうか。

お父さんが、なにやら女の子を諭している様子です。

「いい?まず、お父さんと、お母さんの子とちゃんと聞かなくちゃ」

「怒られたくないでしょ?怒られないようにしなきゃダメでしょ」

何があったのかわかりませんが、

とにかく、女の子がお父さんの

言うことを聴かなかったというのだけはわかります。

でも。いわれても、女の子はハッキリと返事をしません。

「わかった?わかった????」

とお父さんが何度もいい、

しぶしぶ「はい」といいました。

その様子を背中で聴きながら思いました。

「この話って、逆も成り立つよな・・・」

と。

つまり、子どもの側から、

お父さんに言いたいことがあるとすれば、

「(お父さん)まず、子供の話ちゃんと聞かなくちゃ。」

「お父さん、怒らないようにしなくちゃ。わかった?」

とも言えるよなと。

・・・

親が子供に言うことを聞かせないと

いけない場面というは確かにあります。

たとえば、崖があると知らずに、

崖に近づいて行ってしまったとき危険を知らせるためとか。

他の人によほどの迷惑をかけそうなときとか。

でも、いまの平和な日本の中で、

日常生活の中にそんな命に関わったり、

急を要することばかりではないような気もします。

妄想ですが・・・、

あの父娘のやりとの原因が、

たとえば女の子がお風呂の中で

走ったのが危なかったから

それをお父さんが諭していたのだったとしましょう。

その時に、滑ると危ないし、

他の人にも迷惑だから

「走るな!」と制止することはあるでしょう。

でも、そのとき「走るな!」と言いたくなった、

お父さんの気持ちに目を向けてみると、

子供が正しい行動をしなかった

言いたくなったばかりとは限りません。

自分の中の「恐怖」が言いたく

させたのではないでしょうか。

たとえば、

「子供が転んで頭を打って怪我をする」、

最悪「死んでしまうったらどうしよう」とか。

走っていたら、他の人にぶつかって

迷惑をかけたり、誰かにけがをさせてしまったら、

「親は何やっているんだ」

と責められ、

自分の存在を否定されるとか。

子供を失う、自分の存在を脅かされるなど

恐怖が根底にあるときに人はよく怒ります。

そのときに、相手に対して

「あなたが間違っている」

「あなたが言うことを聴くべきだ」

「あなたが怒らせている」

というのは、半分正しくて、半分間違っています。

怒らないという選択肢もある中で、

「怒ろう」と決めている自分がいるのですから。

・・・

では子供と大人、どちらが先に

話を聴きやすいでしょうか?

子どもという存在は、

大人に比べてまだまだ未熟です。

子供から先に大人の話を聴く

というのは難しいのではないでしょうか。

大人から先に聴いてあげることができたら、

子供はその姿を見て、

あるいは聴いてもらえた体感をすることで

「話は、きくというのは大切なんだなぁ」

と学習するのだと思います。

そういう経験を積み重ねているうちに、

大きくなってからも「自分もやろう」と

思うのかもしれません。

逆に、親からいつも

「黙れ」

「私の話を先に聴け」

と言われて続けた場合はどうなるでしょうか。


「大人は子供に言い聞かせるのが当然だ」

ということを学習して、

自分が大人になった時も

「きけ!きけ!」

というのが当たり前になるのかもしれません。

【この言葉を自分に言ってみよう!】

「子供は親が言っていることよりも、している行為から一番多くのことを学んでいる。」

まあ・・・、

このお父さん自身が子供の頃、

両親にたくさん聴いてもらうよい体験があれば

あそこまで聞けと言わなかったような気もしますから、

お父さんがいけないともいえないですね。

自分が当たり前にハマっている

世代間のコミュニケーションのクセの連鎖に気付き、

それを一人で断ち切るというのは、

なかなか大変なことであります。

そんな風に思いながら、

どこにでもありがちなやりとりを、

背中で聴き続けてたのでした。

・・・

今書いていて気づいたことがあります。

昔の私なら、そういう出来ないお父さんを見ると、

内心イライラしていました。

でも、最近は、イライラしなくなりました。

「お父さん!子供の話を聴いてあげて!!!」

子どもをコントロールしようとする親御さんを見て、

その親御さんをコントロールしたくなるカウンセラー・・・。

そんな地獄絵図を自分で作りだしていた気がします。

昔はきっと、頭ではわかっているけれど

実は自分もうまくてできていなくて、

似た姿を見てイライラしていたのでしょうね。

あるいは、ある程度、気づけるようになったあとも、

うまくできなかった過去の自分を責めていたのでしょう。

最近はどうやら、自分の心の声を

だいぶ聴けるようになったようあります(笑)。

悪いところを責めても、良くはならないですね。

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