生きる力だけ信じればいい

いつもありがとうございます。

ある商品を買ったら、トラブルになりました。

返品しようと3度電話して、結果的に3回ウソをつかれると

人間不信になってしまいました。

2度までは許せても、3度までは許せない心の広さの、岩松正史です。

”していることは間違っていても、その人を信じることができる”

深夜、帰宅したら、

冬休み最終日の娘が起きていた。

私「何してた?」

娘「買い物に行った」

(家を出るなんて珍しい)

私「なに買ったの?」

娘「中学校用の制服」

その言葉を聞いた瞬間、

一瞬、私の息がピタッと止まった。

(もうそんな年齢か・・・)

私「小学校6年間早かったね。制服姿見たらお父さん感動して泣くよきっと。嬉しいねぇ」

特に言葉はなかったが、

普段は気が強い、娘の表情が

緩んだように見えた。

その話はいったん終了。

・・・

それから別の話をしてみた。

私「今朝、ipdaに入れておいた新しいお絵かきアプリ使った?」

(娘は絵描きが上手)

娘「いや。塾だったから使ってない」

(まあいいや)

(塾と言えば・・・)

私「塾の冬期講習はどうなのよ、順調?」

娘「まあまあ」

(娘はいつも、幸せでも、不幸でもなく、まあまあだ)

でも、そのあとなぜか今日は

娘から話しをつづけた。

娘「あ・・・、今日最後のまとめのテストがあって、2クラスある中で一人だけ英語100点だったよ!」

(テンションが高い)

私「おーそれはすごいね。へぇ、英語で来るんだ」

(はじめて知った)

娘「算数も、1問間違えただけだった」

私「まじで。小4の頃、苦手だったから、いまも苦手なのかと思ってた。大したもんだ。勉強しろとは言わないけど、出来たらできたで嬉しいでしょ」

娘「まあね。・・・あ、お父さん、塾の宿題の採点して」

(娘から、勉強関係の頼まれごとなどされたことは、いままでない)

私「なんで。自分でやりなよ」

(お父さんは、めんどくさい)

娘「私は忙しい」

私「何に?」

娘「スライムづくり」

(娘はホウ砂など使って、色とりどりのスライムを作るのが好き)

私「いやだよ。こっちは夜まで働いて疲れてるんだから、自分でやって」

娘「いや、自分でやるとバレるから」

バレるの意味が分からないが、

話しているうちに

こちらも気分が良くなっていた。

私「仕方ない」

と言いながら、渡された国語と算数の

プリントの採点を始めた。

小4の頃、繰上りすらわからなかった娘が

小数点や分数の計算をほぼ完ぺきに

出来ていることに感動した。

・・・

私「すごいじゃん。ほぼ合ってるじゃん」

娘「うん。答え見て書いたからね」

私「????・・・ふざけんな。答え見て書いたなら、採点する意味ないじゃないか」

ズルをしていることにではなく、

ズルのアリバイ作りに

利用されたことに腹を立てた。

娘「でも、わからないところだけだから」

(なんだ・・・それならいいや・・・とはならないが(笑))

確かに、採点を進めていくと、

ところどころ間違えている。

そして、

解答用紙をみれば、

自分の意識で書いた場所と、

答えを写したであろう場所は

だいたい判別が出来た。

(先生にもバレるんじゃないかな?)

それでも、試験で1問以外

全部正解したというのだから、

それでいいと思った。

「娘の行為は間違っているけれど、やっていることはあっている」

そう思えた。

・・・

答えを見ながら宿題をやったら、

宿題の意味はない。

でも・・・。

塾に提出する宿題は

ちゃんと提出することに意味があるけれど、、

そもそも塾に行く目的は

塾の先生に、正しい成果物を提出して

ほめてもらうためではない。

自分の成績を上げるためだ。

それが出来ているならば

力の入れどころと、抜きどころくらい

自分で決めて、いいのではないだろうか。

塾の先生にしてみても、

宿題は理解度を確認するためだけの

ただのツールに、違いない。

・・・

もう一つ付け加えるなら

曖昧で、わからないまま

宿題をズルをして提出してもいいとさえ

私は心のどこかで思っている。

「困るときに、困るのは自分」。

(困らないかもしれないし)

本当に困れば、顔を青くして、

胃を痛くして、どうにかするだろう。

私は、娘が将来、宿題をちゃんと

やるようになるとは信じないが、

宿題はやらずとも、

本当に自分が困ったら、

「自分の為に努力できる」

子だということは、

昔から見ていて信じている。

・・・

自慢になるが、私は娘に一度も

「宿題をやれ!」

と言ったことがない。

唯一言うのは、

「やらなくていいから、ギリギリになって手伝えとお父さんを巻き込むな」

とは言っている(笑)。

どんなに正しく生きているつもりでも、

誰しも、人生3度や4度は、

行き詰まるに違いない。

ならば、

若いうちに自由にさせておいて、

親が近くにいるうちになる

行き詰まる感覚を味わえたほうが

いいような気がする。

ある意味、

娘が行き詰まるのを

楽しみにしている自分がいる。

そして、

信じるに値する娘の親で

いられることを誇りに思っている。

【この言葉を自分に言ってみよう!】

「『生きる力』だけ信じればいい」

娘が本気で行き詰まれば、

私もこんな悠長なことは、

書いていられなくなるだろう。

途方に暮れることも、

あるかもしれない。

そンな状況になっても、

生きていける自分のことも

また、娘と同様に信じていたい。

娘を信じることは、

自分を信じるための

よい練習にもなりそうだ。

<お知らせ>

傾聴では寄り添うとよく言います。

でも、

人に寄りそうためには、

寄りそいに行こうとする

自分を信じていないとできません。

自分を信じ、人を信じる傾聴サポーター。

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