いつもありがとうございます。
最近、何ごとも「あと数センチだったね」が
口ぐせの、6歳の息子の父親、岩松正史です。
4月から、家族の生活が一変した。
息子は、保育園から小学校へ。
娘は、小学校から中学校へ
妻は、幼児家庭の時短がなくなり、
正規の勤務時間に変わった。
まだ、みんながみんな、
新しい生活のリズムを
つかみ切れていない気がする。
GW休みまでは、こんな感じで進みそう。
・・・
中学にあがった娘は、
以前と違い、朝食を食べたがるようになった。
ある日、息子がヨーグルトを
食べたいというので、
出したついでに、娘にも
「ヨーグルトいる?」
と質問してみた。
すると、
娘は予想外の答えをしてきた・・・。
「わからない」
自分のことなのに、
食べたいかどうかわからないとは
どういうことだろう???
本人がわからないなら、
こっちはなおさらわからない。
・・・
いかがでしょうか?
あなたも、子どもや部下に対して、
本人のことを質問しているのに
「わからない」
「よくわからない」
といわれて困惑した
経験はないでしょうか?
そんなとき、わが家(私)は、
こんな風にしています。
わからないことを、
責めも詮索もしない代わりに
「何もしない」。
あとからでも、いい用件のときは
「わかったら言って」
と伝えて終わり。
いまこのタイミングで
決めるしかない時は
「わからないなら、何もしないから。」
でおしまい。
・本人の言葉で言語化されたたことは、出来るだけちゃんと理解し、実現しようとする
・本人が言語化できないことは、そのままにして放置する
これが私の中の決まりごとです。
これをするようになってから、
ずいぶんストレスが減りました。
それまでは、どちらかというと、
相手のことをわかりたい、
わかりたいと思うとつい、
「なんで?」
と詮索したくなっていました。
でも、詮索してお互い後味よく
終わったことはほぼありません。
なのでやめました。
・・・
「わからない」というのもまた
その人の正直な気持ちだ
ということに気付いたんですね。
わかななければ、わかならいということを
そのまま理解して、
こちらが出来ること(できないこと)だけ伝え、
あとは、本人に任せる(放置する)
ことにしています。
日ごろから娘には
「わが家では、口で言わなければ、何も起きないから」
と伝えてあります。
その方が、こちらも何かを
察してしてあげたのに
期待した反応がもらえず、
イヤな気分になることもありません。
「コミュニケーションは言葉だけじゃない!」
と強調する人もいますけれど、
意志を明確に示すなら、
人間はやっぱり言葉でしょう。
パントマイムじゃないんだから(笑)。
「コミュニケーションは言葉だけじゃない」
をはき違えて
「だから、相手の気持ちを察しよう!」にしたら、
余計人間関係はすれ違います。
なぜなら、
「察する」はいつも
お互いその時の気分で求めるものが
変わってしまうからです。
それでは、気持ちの分かるのではなく、
「気持ちの当てっこ」
になってしまいます。
・・・
まず、言葉にでたものを理解する。
そして
言葉にならないなら、言
葉にならないことを理解する。
その気持ちの理解の積み重ねが、
関係をよくするとまではいかなくても、
変に壊すことを防いでくれます。
【この言葉を自分に言ってみよう!】
「自分の中のわからない気持ちは、わからないまま伝えてよし。わからない気持ちを聴いたら、わからないまま理解すればよし」
結局、
娘がヨーグルトを食べたかったのか?
食べたくなかったのか?
わからなかったですけれど、
娘が父親(私)に「わからない」と、
素直に言える心と関係性があることが
「わかった」だけで満足です。
勉強でも、仕事でも同じですが、
わかっていないのに、
わかったふりをすること。
わからない相手を詮索しすぎたり責めること。
総じていい結果になりませんし、
これほど残念なことはありません。
わからない気持ちは、
そのまま(放置)がいいですね。
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