これは共感ではなく同感です。
共感についてはあとでお話しします。
前述のロジャーズの共感の定義からみても、似た経験があるから共感できるというものではありません。
また同感がいけないというわけでもありません。
以前、交通遺児を支援する団体にご縁がありました。
事故で親を亡くすという普通ではなかなかありえない共通の体験を持っている同士だからこそわかりあえ支えあえるという世界がありました。
アルコール依存症の回復グループ、引きこもりの子を持つ親の支援グループなども同じです。
共通点があるということは安心感を与えてくれます。
一方で、共通点はあったとしてもまったく違うということはありえません。
たとえば交通遺児であれば「親を交通事故で亡くした」という経験は同じでも、亡くしたのがお父さんなのか?お母さんなのか?あるいは両方なのか状況はまったく異なります。
違うのは状況だけではありません。
その出来事に対するショックや受け入れられている程度、親との関係によって悲しみの深さも質もみんな違います。
同じように見えるけれどみんな違うのです。
もし誰かと親しくなりたいのであればお互いの共通点を探して話題にするいいでしょう。
でも心を知り支えたいなら自分とはと違うその人らしさを受け止めましょう。
何のためにきくのかの目的が違えばききかたも当然変わってくるわけです。
あなたは場面に応じてききかたを使い分けていますか?
※原文からの抜粋なので、書籍とは内容が異なります。
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